【2017年4月】の記事一覧

「道」という字

中国ですか、「道教」ってあります。

 

たまたま、多神教とかで検索していたら出てきたのですが、

 

「道」と言う字、知ってましたぁ?

 

「辶」は、タオ、終わりを意味するらしく、

「首」は、始まりを意味するんですって。

 

「道」には、始まりと終わり、陰陽のような意味があったんですね。

コレだけで、何だか感動していたのですが、

道教では、

学ぶことは出来るが、教えることは出来ないとされている。

らしい。

 

これまた激しく同意しました。

成長することは出来るが、育てることは出来ないと思っています。

 

 

やる氣が無い人を、育てる事は出来ません。

逆に、

成長したのは、その人の努力であったり、挑戦を続け、諦めなかったからで、

誰かが、何かをして、育てたんじゃないと思うんです。

オレが育てた、、、って言いたい氣持ちは、分からなくはありませんけどね。

 

 

自分の為に、教えたいから教えた。

そして幸いにも、

教わりたい人が居てくれた。


 

そう思ってたらね、

◯◯してやったのに、、、とか、

裏切られた、、、って感情や言葉、出てきませんよね。

 

 

脱線した、、、。

 

 

始まりと終わり、終わりと始まり。

 

 

これ、同じ点を指していますよね。

 

始まりと、終わりは、見方が違うだけど、同じです。

ある人は終わったと悲しみ、

ある人は始まると喜ぶ。

 

終わらないと、始まらない。

始めたければ、終わらせないと。。。

 

 

面白いですよね。

 

始めることばかり考えていても、

終わらせることをしないから、始められないとも言えます。 

 

終わったことに執着しても、戻らない。

何が始まったのか?

始まりを見ることも出来るかもしれません。

 

 

始めたければ、まず終わらせましょう。

何も捨てずに始められないんですよね。

 

大きなことを始めたければ、

大きな執着、心地よさ、安定を捨てないと、始められないんだなぁ~って思うんです。

 

 

道は続くのですが、その中身は、無数の始まりと終わりを繰り返しています。

知らない間に、細胞も死んでいってるんです。

2年前の写真を見て、若いのでビックリ。

 

 

「道」

 

始まりと終わり、、、な~んか、考えさせられました。





良し悪しという概念

「良し悪しという概念」

 

殆どの人は、良し悪しという価値観が、当然のように存在すると思っています。

というか、思ってもいないほど、当たり前だったりしますね。

 

そこで私が、「そんなもの無い」と、言い切ると、

「人を殺しても良いのか?」という質問が来ます。

 

戦争中は、良いのかも?とか、

仲間を救う時は仕方がない、、、とか、

そうじゃなくて。

結局、良し悪しという概念上で答えを出そうとしても出ません。

 

 

殺すことを正義にしてしまう考え方もあるんですね。

 

 

まぁ、一般的には、殺そうか?どうしようか?と、悩んでいる人は少ないでしょうし、

そのあたりの思考は、また追々ということで、

如何に良し悪しは存在しないのか?

このことに絞って記事を書いていきたいと思います。

 

 

「良し悪しなんて無いよ」っていうと、

「そうそう、良し悪しなんて無いからね、立場によって変わるから」

と、返ってきます。

 

立場によって、良し悪しは変わる。

どっちから見るかだけで、入れ替わるって事ですね。

このあたりは、結構理解できるんじゃないでしょうか?

 

自分もずっとそう言ってました。

でも、本当に無いんだと腑に落とすまで、もの凄い時間がかかっています。

 

結局は「良し悪し」という概念に囚われていたんです。

 

 

本当に、何をしていても、

どこに居ても、

銀行んpATMで並んでいるときも、

仕事をしているときも、

友達と遊んでいるときも、

会話を楽しんでいるときも、

常に普通に存在する価値観。

逆に言えば、

その価値観をベースに生きているとも言えます。

 

 

それが無いという事を、どれだけの人が本当に理解しているのか?

この概念を払拭したら、、、

殆どの会話が無意味に感じてしまいます。

きっと、ただの変わり者扱いされますけど、

誰の為でもなく、

自分のために「良し悪しという概念」を崩していきたいと思います。

 

 





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